自戒も込めて思う事実ですが、人は病気になると最初は大丈夫かと心配をしてくれますが、長期に渡ると離れていきます。

年齢が上がれば上がるほど暇ではなくなるので顕著です。

顔を合わすたびに辛いだの痛いだのとネガティブな事ばかり言う人とは一緒に居たくないのは当然です。

僕は移住を繰り返したのであまり経験しませんでしたが、定住者が感じる疎外感は堪えると思います。

京都に引っ越してきて3年、病気が治ってから半年、どこのコミュニティーにも属さず、こちらで仕事もしていませんが、だんだんと知り合いが増え、人が集まり始めました。

今は病気も無いので明るいただのカツカレーおじさん、最初は観光客扱い、毎週顔を合わせていると「お近くですか?」からスタートし「今日は寒いですね」、次に道ですれ違うと井戸端会議、最近は「この間どこどこにいたの見ました」と、悪い事が出来ないようになりました。

類は友を呼ぶじゃないですが、明るい知り合いが増えてきたと思います。

家族も含めやっぱり健康でいてくれる事が一番で、その為にしている努力というものは見ているし、認めざるを得ないものがあり、協力しないといけないと思うものです。

トラウマが残るのは本人だけではなく、見ている人も「自分ももしかして」と気になり全体として良くなっていく、健康で明るい人には羨ましいと思い人が集まってくる、人が集まれば豊かになり幸福度も上がる、結果自分を大切にする事は人を大切にする事と同じ意味で、社会の中でしか生きられない人間に必要な事だと思うのです。

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